話の本題に入る前に少し私の子供の時からの過去を振り返ります。
小学低学年の頃、誰隔てなく接し、話すのが大好きでした。
ところが小学高学年になると徐々に自我が芽生え、同時に急に人目が気になってしまい、他人の視線を感じると緊張したり、怖くなり、人前で自分を表現することが恥ずかしいと思うようになりました。
中学生になると性格ははっきりと内向的になり、目立ちたくないため人目を避けるようになりました。
高校生では自分と話が合う少数の友達とばかり会話をして過ごしました。
ただ、学生時代は特にそれで苦労することはあまり無かったです。(自分が話しやすい人としか接していなかったからですが)
そんななか、このまま人目が苦手な生活のままで良いものか真剣に考えるようになりました。
成長のためにコミュニケーションが上手くできる人間になりたかったですし、その場をコントロールする力や機転の利かせ方など、沢山の技術を学びたいと思いました。
結果、営業職の仕事をしてみようと思い至りました。(思い返すと突飛な発想でしたし、せめてもっと自分のことを深堀するべきでした)
20歳で産業機械部品を取り扱う商社へと入社しました。
30人前後が在籍し、製品の販売だけでなく、機械の据え付け工事や保守点検も行います。
電話応対や来客対応、客先訪問、打ち合わせ、現場監督などの仕事をこなしていきました。
何をするにも大勢と関わることが余儀なくされ、商社のため顧客と仕入先との間に入らないといけないのがなかでも大変に感じました。
しかし、沢山の人と接する仕事をしていても一向にコミュニケーション能力が向上しませんでした。他の営業員のコミュニケーションスキルは高く、比較した際に自身のコミュニケーション能力の低さに日々、打ちのめされ、人前で話すことに徐々に自信をなくしていきました。
簡易な例えですが、苦手な演奏楽器を用いて毎日、大勢の前で演奏し、厳しい評価を受けるような具合です。
すぐに猛烈な後悔が押し寄せてきました。
ですが、ここですぐに逃げたら一生逃げ続ける人生を送る気がしました。
それからは必死に知識の習得に励み、真面目に経験を積み上げていき、気づけば約8年半の月日が流れていきました。
結局、コミュニケーション能力については大きな飛躍はできず、多少向上した程度です。
身についたものとしては相当な忍耐とどんな分野でも身体一つで飛び込み、一から知識を習得して挑戦できるという意気込みと自己信頼でした。
~最後に~
自分が何者になりたいか?何を成し遂げたいか?をはっきりとさせたほうがいいと思います。
やりたいことが明確で、そのための努力ならばどんな苦労も厭わなくなると思います。
苦手を得意にするのは流れている川を逆流するようなものです。
逆に自分の得意なことを向上させる行為は川を下るようなものでみるみる上達しますし、楽しいです。
人生という有限な時間のなかよく考慮して選択をしていく必要があります。
ただ、最後にもう一つお伝えたいことがあります。
逆流する行為は一見徒労に似たものを感じますがそうでもない部分もあります。
社会生活を過ごすうえである程度の我慢や妥協は必ず必要です。そういったものを培う最適な手段がこの川の逆流だと私は思っています。この行為ができる人はビジネスパートナーとして信頼できる一因を間違いなく獲得することができると自身の経験から確信をしています。
以上


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